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口に含んだそれは、味がしなかった
感じれない、ずっと殴られ続けてる心臓がうるさくて、苦しくて
恐怖していることがバレたら、きっと主人のように罰を与えてくるんだから
咀嚼しても、味のない無機物を含んでいるようで
泥や粘土を食べているようだった
形だけのそれを、飲み込むことを必死に拒否する体には従わず、無理矢理に胃の中へと落とす
美味しいなんて、そんなの思えるはずが無い
嚥下した俺を満足そうに見て、エニスは再びカレールーと人参の乗ったスプーンを差し出した
食べなければならない
何度口にしたって味なんてものは無かったし、どんなに咀嚼しても口の中で残り続けようとするそれをちゃんと飲み込まなければならない
エニスは満足そうな顔をしている
もう一度、エニスがカレーを掬ったときにずっと何も聞こえていなかった耳が、一つの声を拾った
「エニス」
途端にその耳はこの空間にある全ての音を集め始めたからか、頭が割れそうなほどに痛んだ
その声の主は白色の、
この食卓を準備したひとらんらん様だった
「アルに自分の嫌いな食べ物を食べさせないの。
好き嫌いしないで、人参も食べて」
「………いやよ」
「嫌じゃないの……もぅ」
アルも、差し出されても食べなくていいからね?
若干不機嫌気味のエニスだったが、人参を避けて普通に食べ始めた
右を向いていた顔を、目の前のカレーに向けて
手が震えて、ただでさえうまく持てないスプーンにカレーと米を乗せて、己の口に運ぶ
やっぱり味はしない
形だけのそれらを、一つ口に運んで、飲み込んでも食道の途中で止まっているかのようで
食道に詰まっているように思うそれを、次に口に含んだものを嚥下して胃に落とす
味のない無機物にしか思えないそれらを何度も口にして、膨らんだ風船が存在しているかのような胃に何度も落として
食器を空っぽにしなければならない
泥と粘土と何かで出来たそれを、ただただ口にする
食事をすることで精一杯で、思考なんて出来なかった
恐怖を紛らわすための思考、考えていないと正気なんか保てないのに、それすらまともに出来なかった
主人達がどんな会話をしていたとか、どんな表情をしていたとか
一度戻ったはずの聴覚は、目の前のカレーを再び視認したときに既に消えていた
ただ、食べなければ
ずっと乾いたままの口内に必死に詰め込んで
空っぽの食器にしないと
そうしないときっと、罰を与えられるから
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作者名:ねっこんこん x他1人 | 作者ホームページ:http://nekokobuta
作成日時:2024年3月20日 2時